私は山ではよく滑るので気をつけながら、目に見えないエネルギーの導きと、現実の愛すべき両親と夫に見守られながら一人で頂上を目指しました。
「ラン、ランララ、ランランラン」
心の中から音楽が聞こえたきたのです。
宮崎駿監督、風の谷のナウシカのナウシカ・レクイエム。
私はナウシカで見た映像から得た感情をここで感じ、アクロコリントこの地で自分は愛されて過ごしていたことを一気に記憶として呼び起こしたのでした。
私の目には涙が溜まり、体は全てを思い出しに注ぎ、高潮していました。
疲れなんてこれっぽちもなかったのです。
なぜなら私はこの地に帰ってきたかったらです。
道を曲がり既にミーア家族の姿は見えません。
今、ここにあるのは私とアクロコリントの地のみです。
頂上にも登ってきたときと同じように草木が育ち
遺跡が残ります。
ここでは行かなければいけない道が蛍光灯の黄色で塗られたように光って見えました。
そして行ってはいけない場所も、教えてくれました。
もともとボキャブラリーが多いほうではないので、表現できる言葉に制限があるせいもあるからか、このときの感情を言葉で表すことは非常に難しいです。
しかし瞑想中に教えてもらった「今日が私にとって最高の日になる」その言葉だけは全てを捉えている気がします。
そしてここから広がる景色が一層私の思いを高めたのです。
これは土笛の音色を聞くたびに浮かぶ映像と一致していました。
広大な景色を丘の上から眺め、悲しみを帯びた感情を思い出させます。
もしかしたらそれはこの土地を離れざるおえなかった時の感情を深く刻み込んでいたのでしょう。
頂上で溢れ出た記憶を書き示した文書が以下の通りです。
「私の生まれた場所はミケーネにあり。
私の思う土地はコリントにあり。
全ては報われ、全ては喜びだった。
幸せの全てこの地にあり。」
アリースより
私はこの城壁が近年のものだと理解していたので、自分の中から見えた過去の映像が一致するのかわからずにおりましたが、ブログを書くための調べた内容でこの丘が古代から利用されていたことを知り、過去世映像にも自信を持てる気がします。
私はミケーネで生まれ、捕虜としてこの地に来ました。
しかしこの地では捕虜の身である私にも民は優しく接してくれ、すべてのものは私を我が子のように育ててくれました。
しかし時は過ぎ私は捕虜の身であるがゆえ、アテネに向かいました。
この地で死にたかった。
その思いが一気に高まりました。
「ここで死にたい」
「私はここで死にたい」
その時、自分が丘から飛び降りる映像が頭をよぎりました。
映像に付きまとう感情は喜びそのものでした。
頂上はもっと反対側の先までありました。
そして、そっちいくとその映像と繋がる場所を見つけることを知っていました。
しかしその思いと同時に私は思いました。
「下で待っている家族のために帰ろう」
私はこのときほどこの旅を家族と一緒に来た喜びを感じることはありませんでした。
アクロコリントに行く気がなかった私を導き、頂上に向かうため手を貸し、頂上まで一人で行くことを導き、私に現世に帰る場所を与えてくれる存在たち。
私はもっともっとここにいたかったのですが、皆を待たせすぎることも良くない。
多分ミーアとミーアママと別れてからは30分以上は過ぎたことですから。
私は後ろ髪をグイグイと引かれながら降りることを選びました。
それは自分が過去世に飲まれることなく現世を選んだことを自身に実感させる行動でもありました。
真実
(このブログは2014年1月17日に公開したものを編集し、再公開したものです)
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真実は「葛藤の解放と純粋な自己なる創造の現実化」をテーマに日々、生きている気ままな幸せ人です。 瞑想を通し、感じたこと、学んだこと日々の経験から感じたこと、学んだこと。 様々なことを様々な形で自分の変化と共に歩む真実なりの方法をご覧ください。
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