街中の駐車場にも関わらず、夜の車の音や騒音は気になりませんでした。
しかし風に雨にすごかった。
風に車が揺れた瞬間もあったし、車内が熱く雨が止んだと思い、窓を開けると再びの雨。
そしてなくなく窓を閉める。
7時頃、起きてみたものの山はすっぽり雲の中。
雨を思い、また心が憂鬱になる。
こんな憂鬱な心が嫌になり、再び瞑想する。
瞑想して気づく自分。
「この天気を受け入れられない。」
私はこの大雨警報を受け入れるのではなく、明日は晴れるとばかり期待していました。
だから翌日、大雨でまた落ち込む。
でもこれって、「ありのまま」受け入れていないよね?
「折角、屋久島に来たのに、天候に恵まれない。恵まれた旅行じゃなかったのか。この天候が受け入れらない。」
ありのままを受け入れることを屋久島が教えてくれているのに、私、このありのままの状況を頑張って変えようとしている。
これって自分の性格でも言える事。
自分の性格の好きじゃないところを直そうとしてばかり。
でもそれだって受け入れてみたらいいじゃない。
「そんな私も許してみる。」
そうしたらきっと違う角度でいろんなことが見えてくるかも。
私はこの時、こんな状況のなかにいる自分を情けないと感じていました。
情けないと気持ちが感じる時は、その時の自分の心と反した出来事が起きている証拠。
それだけ自分の中で物事に対する期待感が生まれていて、期待があるからこそそのもの自体の「あるがまま」の状況を受け入れられない。
私はこの雨のおかげで、自分の気持ちの乱気流にも冷静に向き変え、自分の内側を沢山見ることができました。
もし天候がよくって毎日ハイキングだったら、外側世界ばかりに気を取られ、内側世界にここまで目を向けることが出来なかったかも。
みんな屋久島を癒しの場所と思う理由。これかもしれない。
悪天候続きの日々、受け入れられない心はたまにピークに達し、ミーアに当たり、それに気が付き謝る自分。
ミーアはちゃんと屋久島の「あるがまま」を受け入れることができたのに、私はそれが難しかった。
いろんなことに気が付きました。
私は旅が大好きです。
その理由はいろんな知らない世界を目にしたり、体で感じたいからと思っていました。
しかしもしかしたらそれだけではないのかも。
私たちのように自由に旅をしていると天候の問題だったり、スケジュールの問題だったり、いろんなことが問題が起きます。
それでも旅を続けたいのは多分、内側の自分をいつもとは違った角度で知ることができるからかもしれません。
いつもの生活の中、知る、気づく自分の内側。
また違った場所で違った事柄に会うからこそ知る、気づく自分の内側。
これに知らず知らずのうちに魅せられているのかも。
心ではいろんなことに気付けども、瞑想が終わり現実社会をメインとして生活が始まるとまだやっぱりこの天気が受け入れられない。
ゆっくり自分と世界の「あるがまま」を受け入れられるようなりたいです。
真実
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真実は「葛藤の解放と純粋な自己なる創造の現実化」をテーマに日々、生きている気ままな幸せ人です。 瞑想を通し、感じたこと、学んだこと日々の経験から感じたこと、学んだこと。 様々なことを様々な形で自分の変化と共に歩む真実なりの方法をご覧ください。
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