イドラから戻りその足でレンタカー会社へ。
運転はミーアとミーアパパ。
ニュージーランドは日本と同じ左側通行。
しかしギリシャは右側通行。
これには二人とも参っていた様子で・・・。
安全運転って何かしら?と感じるアテネではそれはもうストレスになったようです。
道はわからないし、右側運転だし、みんな運転荒いし・・・・。
港に面したレストランで食事を取った後、ホテルで休憩し、午後4時ごろ外に出てみたらさっきまでの晴天とは打って変わって曇り空、パラパラの太い雨。
ホテル名:ペンション エロフィリ
港は強い風により波が荒れ、ドンキー停留所、ポート近くのベンチまでしぶきとともに水が入ってきていました。
後で聞けば通常1日3便あるフェリーですが、この日は私達が乗った最初のフェリーの後、全て欠航になったとのこと。
考古博物館でモニュメントから歴史の神秘を感じなら、翌日イドラ(ハイドラ)に向かいました。
イドラは車はなく今でもドンキーが活躍中の村です。
(と、行ってみたらゴミ収集はトラックで、2回も出くわし、それはそれで衝撃を受けましたっ!!!)
フェリーで1時間半ほどで着く予定。
翌日、みんなの洗濯物を私のスーツケースに詰め、公共バスでいざフィラへ。
バスを利用すると一人0.60ユーロ(だったかなぁ?)で行くことができます。
フィラもとても美しい町。
サントリーニは私とって最高に良い思い出がある場所。
ギリシャについてから瞑想を行ってもそれは同じ結果でした。
私は思う存分、サントリーニを楽しむべく早朝、飛行機に乗りました。
サントリーニ着き、素敵なタクシー運転手を見つけイアに向かいました。
すばらしい出会いを胸に、そして滑らないように気をつけながら人であふれた階段を降りて、アクロポリス遺跡外へ。
私はここでどうしても行きたかった場所があります。
ソクラテスの牢獄。
あまりにも小さな観光場所なので私達が持っている地図では詳細がなく多分、この辺という場所を行ったりきたりしていました。
長時間の飛行機後のベッドは格別です。
利用していたゲストハウス(アセンズバックパッカーズ )の下がバーということもあり、夜な夜なうるさかったですが、それでもベッドで寝れたことは嬉しかったです。
アクロポリス遺跡の周りにはゼウス神殿のほかにも多くの遺跡があります。
近辺8箇所の遺跡共通チケット(12ユーロ)がありこのチケットを購入すればお買い得で48時間利用することができます。
私たちは1日しか見る時間をとっていなかったので、全ては回れませんでしたが、それでもお腹いっぱいになりましたっ。
ギリシャから無事帰国し、溜まっていた仕事が何とか一段落しました。
ギリシャは良かったですよ。
本当に良かったです。
今回のギリシャでの過去世の蘇りと解放は最高そのものでした。
内側からみなぎる喜びと活性が私の創造を早めていることに気づけるほど、自分のエネルギーが促進されたことを実感しております。
2013年10月中旬からミーアの両親と共にギリシャに行くことになりました。
「この時期になんでっ?」
ギリシャ危機の最中、ニュースを見れば驚くのもわかります。
姉には仰天、驚かれましたが、私自身、自分が決めた旅行にもかかわらず自分自身もとても驚いております。
昨年の2月ごろ、急にギリシャとイタリアに行きたい病が始まりました。
これは自身の瞑想を通し、前世を垣間見たことに始まります。
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真実は「葛藤の解放と純粋な自己なる創造の現実化」をテーマに日々、生きている気ままな幸せ人です。 瞑想を通し、感じたこと、学んだこと日々の経験から感じたこと、学んだこと。 様々なことを様々な形で自分の変化と共に歩む真実なりの方法をご覧ください。
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